2017年12月22日

Pexan セレクト ファンク シリーズ。梵字バーのファンクがお手元に。

中東発祥のシーシャ(水タバコ)は十数年前に日本に輸入された。明らかにエキゾチックなその風貌は決して日本人にとって馴染み深いものでは無く、当初は多少の抵抗感を抱かれていたそうだ。しかしここ数年ではいわゆるおしゃれなカフェに溶け込むことで、優雅で親しみのある嗜好品として当初のイメージを払拭することに成功した。そのおかげでシーシャ屋を街で見かける機会も徐々に増えている。それは密かなシーシャブームの到来を意味し、これからも益々日本人にとって馴染み深かいものへと発展して行くだろう。



実際、シーシャは今よりも世に広まるべき嗜好品である。例えば、シーシャはコミュニケーションを円滑に運ぶ。居酒屋で和気あいあいとした雰囲気を楽しむのもありだが、たまには仲間でシーシャを囲み、煙をプカプカさせながらリラックスした時間を共有するのもいいだろう。また紙タバコと比べて身体への害が大幅に少ないことやバラエティーに富んだフレーバー、コストパフォーマンスの面でもシーシャは優れていることから私はシーシャが流行しないことよりも、流行しすぎてしまうことの方が恐ろしいぐらいだ。

そんなシーシャブーム目前の最中、浅草に梵字バーという当初のイメージを彷彿させる奇店が現れた。我々は近くの曙湯で心と体の垢をすっかり洗い流し、梵字バーへと足を運んだ。

(曙湯)




提灯とネオン灯









手前のお座敷には天井まで届きそうな特大シーシャに極太のパイプとぐろを巻いている。その後ろで微かに灯されているのが梵字。まるで何かの結界を貼っているかのようだ。




梵字バーで一番の高さ誇るシーシャだろう。こんな代物をどこで手に入れたのだろうか。その奥では額縁に5円玉がびっしりと敷き詰められているのかと思えば、黄金色に輝いているのはまたしても梵字。




提灯の奥で大剣が堂々とした存在感を放つ。実はこの大剣、日本初の梵字アイドル ”丹下左膳” の映画で使われた日本刀 “妖刀濡れ燕” である。梵字バーのような物騒なお店にはこのぐらいの武器が必要なのかも知れない。




パイプが突き刺す様に垂れ下がっていてなんともおっかない。奥にもうじゃうじゃとパイプがストックされている。




ハクション大魔王の住処がシーシャに改造されている。この壺の近くでくしゃみをすると、爆煙と共にハクション大魔王が出てくるのだろうか。実に洒落が効いたオリジナルシーシャだ。




カウンターの奥には金色に輝く花の祭壇が鎮座する。さすがは梵字バーというだけあって梵字には困らない。そして彼が店主の北華阿飛氏だ。顔出しNGという訳ではないが顔は皆さんの想像通り、おっかない。




外見とは裏腹に、阿飛氏は学者タイプの人間だ。唐突だと思うかもしれないが、とことん何かしらのものを突き詰めるという意味で彼は学者さながらだと私は思う。シーシャ、珍酒、ファンクミュージック、宗教というテーマからそのギャップに驚くことだろう。


梵字バー 店主 北華阿飛さん インタビュー




「寺院によって違うんですよ、紋様の形でも意味があるんだけど、俺が入れたのは、ピストルで撃たれても死ないよって意味」

まずは腕のタトゥーの意味について伺った。”ピストルで撃たれても死なない”というのは、不老不死や強運といった意味合いだろう。しかもこのタトゥー、タイのお寺で僧侶に入れてもらったという。


「おまかせですよ、図柄決めるパターンもあるけど」

タイでタトゥーを入れる場合、意味合いや図柄までもお任せだそうだ。なぜなら「タトゥーはおまじないだから」と阿飛氏は言う。また、「ある動物は上半身に入れられないとか、お寺に関するものは下半身に入れられないとか難しんですよ」とタイ流タトゥーにもルールがあるんだとか。


「仏壇の明かりだけで営業してたタイのバーが今でも忘れられないです」



タイへタトゥーを彫りに行った時のことだろうか。梵字バーはタイの仏壇バーにインスピレーションを得ていることが窺える。しかし、「そのバーに比べたらウチはコンビニレベルの安心感(笑)」と。 仏像の前で好きな音楽を聴き、酒を飲んだら、シーシャを嗜んだらどうなるのか、それらを知りたくて実験的に梵字バーをオープンしたという。また、梵字バーをオープンする前から主に梵字のデザインをしていたことから全体的なビジュアルは梵字とし、それ以外は阿飛氏の趣向が後からなだれ込んだそうだ。


「入り口は大改造しました」



以前は焼き鳥屋だったというこの物件は跡形もなく改造された。見れば見るほどに怪しく、後退りしてしまいそうなくらいに。しかしその反応は大正解。


「阿吽です、ヘタレが気軽に入って来ないようにって」

阿吽とは”万物の根源””一切が帰着する知徳”といった意味を持つ梵語だ。梵字バーの入り口に動じない勇者、賢者だけを受け入れたいという阿飛氏の願いが込められている。そのおかげで生半可な気持ちの持ち主は淘汰されたのだが、、、


「開店当初は大変でね」

公安に目を付けられる羽目になったという。

“TOKYO SMOKE 福煙” と書いてあるように梵字バーにはシーシャが無数に存在する。そもそも下北沢ならまだしも、浅草でシーシャはあまり耳にしない。


「スナックでも置いてるし、飲み屋でも置いてるし、なんちゃってシーシャ屋はいっぱいあると思います。僕が始めたころは東京も何件しかなかったです。」

実はシーシャは人知れず浅草という町に溶けこんでいたことが分かる。その中でも梵字バーは浅草最古のシーシャ屋である。これほどまでにシーシャ屋が多いことは外国人観光客が多いことが一つの要因かと思われるが、遡って見ればキセルの羅宇屋に辿りつくのかも知れない。羅宇屋とはリヤカーで町を練り歩き、キセルの修理や販売をしていたお店のことだ。石焼き芋のキセル版を想像するといいだろう。現代ではもう見かけることはなく、まったく絶滅するには惜しい文化の一つだ。



しかしここ梵字バーでは ”下町の味 日本の味 キセルセット” が販売されているので、今はなきその牧歌的な文化をほんの火皿分感じることができるのではないだろうか。

また、シーシャ文化自体が日本に輸入されてからまだ浅い。その中でもこれほどまでに前衛的なシーシャ屋は梵字バーの他に日本に存在するのだろうか。はたまたこの地球上に存在するのだろうかさえ疑問である。その摩訶不思議な有様を紹介していこう。


「簡単じゃないけど面白いよ、工作です」

梵字バーに入るとまずシーシャの常識が覆るだろう。至るところに阿飛氏オリジナルの型破りなシーシャが点在する。三社祭ではスカイツリーシーシャ、ハロウィンではかぼちゃシーシャ、お正月には日本の縁起物までをもシーシャにしてしまう。新年の願掛けにパワースモークを一服、といったノリなのだろうか。阿飛氏に言わせればシーシャに出来ないものはないと。それらはシーシャのエスニックさを残しつつ、日本や宗教というフレームワークに落とし込まれている。そんなメイドイン浅草のオリジナルシーシャを嗜むだけでも梵字バーに来た価値はあるだろう。




「一回で飽きちゃうから」

それらの手作りシーシャは基本的に一度使われると二度目は無い。阿飛氏の趣くままに新しいシーシャが開発され、その後は梵字バーを彩るインテリアと化す。かぼちゃシーシャ然り、その他の手作りシーシャもなまものであるということだ。



さらに阿飛氏は水パイプの収集家でもある。これまでにジャマイカ産のココナッツパイプ”チャリス”にメキシコ産の死者のパイプ”メキシカンスカル”、アメリカ産の聖なるパイプ”インディアンパイプ”など奇妙な民族的背景をもつ水パイプを収集してきた。





その中でも阿飛氏が長年愛している水パイプとは一体なんだろうか。


「好きなパイプの形はインドのフッカーという元々のやつクラシックな」

ブラス素材(5円玉と同じ素材)で喫煙器具としての見た目の重圧感に惹かれたそうだ。しかし、メンテナンスや使用感は現在のステンレス、ガラスのシーシャの方が優れていると言う。




「フレーバー開発は諦めました、一回やろうとしたけどやっぱあれは無理です」

踏ん切りがついたように阿飛氏は言った。シーシャは市販のフレーバーでも幾多の種類が存在するにも関わらず、彼はさらに新しいフレーバーを追求していたという。Youtubeチャンネルで拝見した牡蠣フレーバーシーシャは美味そうに嗜んでいる様に見えたのだが。


「普通にまずかったです。あれは嘘です(笑)」

あのリアクションはヤラセ。しかし実験的なフレーバー開発は商品にならないにしても今後とももつずけて欲しいと個人的に願う。

ちなみに梵字バーチャンネルでは阿飛氏が”なんでも鑑定団 in 浅草”に出演した時の動画も載っている。彼の独特な口調といい加減さが窺えるだろう。

https://www.youtube.com/watch?v=t4PRA9YzHEo&t=5s

しかし梵字マニアにとっては阿飛氏が描いた梵字は、重要文化財「竜虎図」の作者「橋本雅邦」の掛け軸と同価値なのである。その理由は単純明快で、阿飛氏以上の梵字マニアが日本には存在しないからだ。その実態には後ほど迫っていこう。

フレーバー開発では失敗したが、トッピング開発では試行錯誤が功を成した。企業秘密なのかどうか懸念はあるが、とにかく北華阿飛世界はここから始まる。ちなみに北華阿飛世界とは阿飛氏の会社名及び活動名であり、”世界”とは仏教でいう物理的宇宙を超えた存在だと阿飛氏は説く。




「トッピングでね、うちのオリジナルだと、アブサン(ワームウッド)、これは僕が抽出した水タバコに混ぜて吸うタイプ」

アブサンとはニガヨモギ別名ワームウッドの香味成分ツヨンが含まれたお酒のことだ。ツヨンは幻覚作用を引き起こすとされ、スイスやフランスをはじめとする欧米諸国で100年近く製造が禁止された。しかし実は当時うなぎ上りだったアブサン人気に脅威を感じたワイン業者が政府に圧力をかけた結果であるという説もある。

アブサンは感情やインスピレーションを引き出す霊酒とされた。それは鮮やかな緑色をしていることから緑の魔酒、緑の妖精とも呼ばれ、画家のゴッホ、ピカソ、ヘミングウェイという蒼々たる芸術家に愛飲さたそうだ。日本だと小説家の太宰治が「人間失格」で一種の喪失感を”飲み残した一杯のアブサン”と形容した程なので、彼もまたアブサン愛好家の一人なのではないだろうか。

ところが至極のインスピレーションとは引き換えに、人生を破滅させるほどの異常を来す芸術家もいたという。ゴッホは友人ゴーギャンに「自画像の耳の形がおかしい」と言われ、自分の左の耳たぶを切り落としたのは有名な話である。果たしてそれがアブサンのせいなのか真相は分からないのだが。

幸運なことにアブサン酒は日本では輸入可能なので安心して欲しい。法律が許しているのだ。しかし幸か不幸か幻覚が見えてしまうほど強烈なものを輸入することはできないそうだ。


「アブサンシーシャ、好きな人はこれしか吸わない」



アブサンシーシャは梵字バーの”酩物”と阿飛氏は言う。正確には”ニガヨモギ リキッド トッピング シーシャ”だ。一般のシーシャセットに500円追加することでアブサンシーシャにグレードアップすることが出来るのだが、梵字バーの完全オリジナル商品であることとアブサンのバックグラウンドを考えれば決して高くはない。我々は恐る恐るアブサンシーシャを注文してみた。

スーッとする爽やかな味わいだ。後味はほのかに甘い。アブサン特有のアルコールとはまた違った陶酔感は銭湯帰りの心地よさと似た感覚だろうか。

アブサンシーシャはネット上で囁かれるような危険な代物ではない。我々は少し身構えすぎたようだ。


「アメリカではそろそろ来るんじゃないかな」

阿飛氏曰く、近年アメリカでは100年近く禁止とされていたアブサンが遂に解禁されたという。いくつかの州でマリファナが合法化された波に乗ってアブサンブームもまた到来するだろうと予測しているそうだ。


「コカブトンかな」

話は珍酒に移った。梵字バーには数々の珍酒が提供されている。中でもコカブトンは珍酒の中の珍酒だそうだ。コカブトンはコカの葉が原料である。コカの葉は言わずと知れたコカインの原料で、勿論、酒にするにあたって中毒成分は取り除いてある。その怪しさ故に現在日本では輸入が禁止されているそうだ。その為入手は極めて困難で高価であり、今も価格は急騰中だ。その急騰中の原因なのだが、、、


「僕が買い占めたんですよ」



阿飛氏の仕業である。彼は日本国内で唯一コカブトンを浴びる程飲める男なのかも知れない。そんな日本のコカブトン王の舌をうならしたのが写真左端のコカブトンである。これは資料も写真も見つからず、おそらくビンテージのコカブトンだと阿飛氏は予測する。普通のコカブトンを超えた濃厚な味わいだと感想を述べた。



左は大麻ビールで右はカナビスウォッカ。どちらも大麻や大麻種が原料だが、THCは含まれていない。大麻ビールはスッキリとした味わいだった。どちらももちろん非合法ではないにしろ、ちょっとした背徳感を抱いたのは私だけだろうか。



“ダメ系”とメニュー表に表記されている狂気的な珍酒たち。左からサソリ酒(ベトナム)、キングコブラ酒(ベトナム)、馬髭蛇(キノボリトカゲ)酒(中国)。キングコブラが今にも這いずり出しそうで恐ろしい。



左は自家製のペヨーテテキーラだ。ペヨーテは幻覚サボテンとも言われているが、テキーラに漬けるとどのような効果を生むのだろうか。右はテングダケを浸けた毒キノコ酒。なぜか外国人に人気だという。



自家製のクワンソウラム。催眠効果のある沖縄産のクワンソウをラムに浸けた酒とのこと。寝酒には最高なのだとか。



最後に”超グロ”とメニュー表に表記されている珍酒を紹介しよう。細長く白い物体が、この物体の為に用意されたようないびつな瓶にぴったり収まっている。酒名は鹿鞭酒(ロクビンシュ)。このどこかわいせつな響きで気づいた読者もいるかもしれないが、この細長い物体は実は雄鹿の性器なのだ。

コンプライアンスすれすれの珍酒を他所にファンクミュージックに話を移そう。
「普通ですよ、最初は、子供の時は、一番初めに買ったレコードは”嗚呼!!花の応援団”です」

”嗚呼!!花の応援団”とはどおくまんという漫画家によるギャグ漫画やそれを原作とする映画だ。そのサウンドトラックを阿飛氏は小学2,3年時に購入したと語る。大阪のブルースバンドによって歌われたこの曲は面白くてキャッチーで、阿飛氏の幼心を掴んだ。また、当時は歌番組、ヒットチャート、歌謡曲などをごく普通に聞いていたそうだ。


「ロックンロールは親父に教えられたんですよ」

邦楽ヒットチャートからロックンロールへ。その一番のきっかけは父親だったという。洋楽はもちろん日本のロックンロールバンド ”キャロル” や ”ダウン・タウン・ブギウギ・バンド” から影響を受け、父親の車の8トラック(再生装置)で聴かされた。特にキャロル ジョニー 大倉のバラード「二人だけ」ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「裏切り者の旅」は今でも大好物だと言う。また、後にジョニー大倉氏のレコードジャケットをデザインすることになるとはその時思いもしなかっただろう。




「アメリカングラフィティー知ってる?アメグラ」

阿飛氏は語るまでもないという風に我々に一応確認した。隣に座っていた常連さんも念を押すように「ジョージ・ルーカス監督の映画です」と我々の反応を伺った。しかし我々は期待に応えられなかった。スターウォーズは周知の通りだが、アメリカングラフィティーは聞いた事がない。


「ダメだよアメリカングラフィティー知らないとダメだよ。知らないんだったら、帰って観てもう一回来てください(笑)」

阿飛氏の呆れ顔が際立つ。我々が席を立たなければならないぐらい、阿飛氏にとっては重要な作品だったという事だ。


「アメグラ見ないでアメリカンポップカルチャー語れませんよ」

阿飛氏にとってだけでなく、アメリカのポップカルチャー史にも深く刻まれた映画だという。それほどまでの映画だと知り我々は赤面せずにはいられなかった。


「アメリカの50,60年代初頭の時代背景の青春映画、そのサウンドトラックがまたやばかったんですよ、選曲ね、ロックンロールありドゥーワップあり、ポップスありで」

我々は取材を終えたらツタヤへ駆け込むと決めた。


「それからオールドロックンロールとかドゥーワップにちょっと惹かれ、でバンドを組み、そこからライブハウス”ケントス”のバンドマンになり、なんで俺がまともに働き始めたのはバンドマンです」

アメリカングラフィティのサウンドトラックが阿飛氏の琴線に触れ、バンドマンへと導いた。そして当時全国にあった”ケントス”というオールディーズ系のライブハウスから阿飛氏のキャリアが始まったのだ。


「そこからサックスを吹き出し」

サックス奏者を目指し、後にケントスでサックスを初めて人前で吹くステージが用意された。しかしなんと目の前の席にザ・ヴィーナスのコニーさんがお客様として座っていた。それだけならまだしも、阿飛氏らが演奏する曲もコニーさん本人が歌う “キッスは目にして!” だったという。奇跡、絶望、喜び、緊張、様々な感情が交差する、あまりにも酷なプレッシャー下でのデビューとなった。おまけにコニー氏本人が飛び入りで歌うまさかの展開だ。それ以来人前で緊張することは無くなったと本人は語る。これまた、後にコニー氏のレコードジャケットをデザインすることになるとは、全く奇妙な運命である。

ちなみに当時のバンドの音源がこちら。3つの新曲を加え再リリースだ。




「ちょっとドゥーワップに固執した時期がある、ドゥーワップってわかる?コーラスグループです。コーラス隊のリズムアンドブルース体系。かけますよ」

そう言って意気揚々とiPoneを手に取った。「代表的なのは…誰でも知ってるとなるとね…」と阿飛氏が迷っていると常連さんが「ドリフターズの Under The Boardwalk とか」と。「ちょっと弱いね」と阿飛氏が言うと「フラミンゴスの I Only Have Eyes For You は?」ともう一人の常連さんが提案しそれが採用された。



ドゥーワップの特徴は、メロディー以外は「ドゥーワッ」「シュビドゥビ」「ドゥビドゥワ」といった意味を持たない発音でのリズミカルな歌い方にあり、それが「ドゥーワップ」の名の由来となったそうだ。常連さんが「今の時代でいうゴスペラーズがやりたいことの元ネタみたいなの」と言い添えてくださった。


「第二弾に衝撃を受けたのが”ブルースブラザーズ”」

ブルースブラザーズとは1980年に公開されたコメディ映画だ。それはただのコメディ映画ではなく、ジェームスブラウンやスティーブンスピルバーグ、ツイッギーなども出演し、一世を風靡した映画でもある。その映画を機に阿飛氏はソウルやファンクにのめり込んでいったという。

ふと店内を見渡すとシーシャにキャップがかかっており、そこには”初期型悪性ソウル症候群”という文字がプリントされていた。私はこんな病名は聞いたことがない。阿飛氏に尋ねると「Funk中毒です」と明快に説明してくれた。




「僕もいろんな音を聴き倒してきたけれども、最後に行き当たったのはスネアなんですよ」

ロックンロール、ドゥーワップ、ファンク、ソウル、を経て、最終的に突き当たったのがドラムのスネアの音だという。


「どれだけ気持ちいいスネアを聞けるかどうかなんですよ。なんならスネアソロだけでいいからね(笑)」

悟りを開いたかのように阿飛氏は言う。「ややこしいのがまったく入ってないのが、スネアの裏打ちが気持ちいいですよね」

そもそも阿飛氏はどのようにしてこれだけの音楽を聴いてきたのだろうか。もちろん当時はyoutubeなんてものはない。


「それ(レコード)を手に入れるのに、やっぱり日本じゃ無理だからアメリカに行ったり、ロンドンに行ったりするんですよ。それで、聞いたこともないレコードを買うんですよ、高い金出して、がっかりっていう時もあるんですよ、買って聞いてみないことにはなんの判断にもならないよね」

阿飛氏の音への探究心は海を越える。今では考えられない行動だが、当時からしても普通とはいえないだろう。


「それの積み重ね、youtubeに上がってないのもいっぱいありますよ」

youtubeは音楽業界や広告業界を一変させてしまった。我々は気にいった曲をshazamし、それをyoutubeやitunesなどでいとも簡単に再生してしまう。そのサービスを享受し、いかに素晴らしいものかは現代の誰しもが語れる訳だが、真にそれらがどれほど画期的なサービスなのかは阿飛氏の実体験に語らせた方が説得力があるに違いない。そしてファンクミュージックに関して言えばyoutubeに勝るとも劣らない引き出しの多さを阿飛氏は持ち合わせている。ドイツから梵字バーへ遊びに来たファンクDJは、帰り際に「My Boss」と阿飛氏に敬意を払ったほどだ。

ところで、梵字バーのメニューにミュージックという項目がない。つまりここで流れるディープなミュージックは0円。当たり前かもしれないが、世界中を飛び回ってかき集めた音楽を聴くことができる、それも聴きたい曲がオーダー可能であることは梵字バーの裏メニューとして私は提案したい。


「ガチファンクバーをやりたい」

阿飛氏が勢い込んで言った。まず今行ってみたい国はどこかという質問に対し「ベトナム」だとおっしゃった。縁もゆかりもないベトナムへ行きたいと言った理由とは一体なんなのか。ベトナムに行ったところでガチファンクバーがどうなるというのだろう。ところがそこからは思わぬ相互関係が浮き上がってきた。


「ソウルが一番カッコよかった時代とベトナム戦争はリンクしてるんですよ」

音楽を戦争の観点から探求するとは奇想天外だ。ソウルミュージックはベトナム戦争と共にあったという側面をバーという形で表現する。そのため、ベトナム戦争中(1955〜1975)に生まれたソウル、ファンクミュージックしかかけないといった縛りがある。内装の構想も少しだけ語って頂いた。


「当時の古い灰皿一枚でも、レコード一枚でもゲットできれば、当時あったバーがもしまだ残ってたら、そういったものを探しに行きたい」

お店のインテリアはできるだけ現地調達したいという。完成するとどんなバーに仕上がるのだろう。阿飛氏はあくまでもコンセプトバーと表現するが、アブサンによるインスピレーションが働いたせいか、個人経営の歴史博物館のようだとも感じた。


「神道のこってこての入り口が鳥居のバーもやりたいしね、神様をジェームスブラウンにして、ジェームスブラウン神社とかもやりたいしね」

そう男の子の様に言う阿飛氏が大のファンク好きであることは前述の通りで、”ファンクの神様”や”最高の魂を持つ男”と称されたジェームスブラウンを祀り上げたいという。日光東照宮で徳川家康を祀るようなものだ。ネットで炎上すること間違いなしの神社なのだが、ジェームスブラウン本人だけは笑ってそれを喜んでいるだろう。なぜならそれを裏付けるこんな神話がある。


「サインと純金の名刺をもらいました。」

ジェームスブラウンが来日した際、阿飛氏は勝手にも空港まで迎えに行ったそうだ。するとその場で気に入られ、サインと純金の名刺を頂いたという。さらにライブ後の打ち上げにも呼ばれディナーを共にし、奥さんの巨大なバストも服の上からさわらせて頂いたそうだ。1日にしてジェームスブラウンがサイン、純金の名刺、奥さんの巨大なバストまでも与えたのは、彼が阿飛氏に何かしらのシンパシーを感じていたからに他ならない。


最後に我々はバーの名前にも起用されている”梵字”について伺った。



梵字バーには360度見渡す限りに梵字アートが飾られている。


「今は仏教テイスト、でも実は仏教でもないですよ、ぐちゃぐちゃですよ」

多宗教を一つの場所に混在させるのは神への冒涜だとしても面白い。もし本当に冒涜であるのなら我々日本人は既に滅亡していてもおかしくないほどの罰を受けるべきだろう。お盆は仏教行事だし鳥居をくぐってお参りに行くのは神道行事だ。さらには教会で愛を誓うカップルもいるといった具合に宗教をチャンポンしているではないか。


「仏教美術というより宗教美術ですよ」

阿飛氏が興味を持つのは、梵字などの仏教美術に限ったことではないという。日本道教、インド系宗教文字と絵画、イスラム書道、チベット仏教、メキシコキリスト教といった様々な宗教ビジュアルに興味があるという。続けて我々は宗教美術に興味を持ち始めたきっかけを聞いてみた。


「テーマの重さです。人の生き方まで左右させるテーマなんて他にないですよ」

確かに宗教のテーマは壮大だ。宗教は人を善へと導くこともあれば、戦争へ駆り立てることもある。そんなテーマは政治や陰謀論など指折り数えるほどしかない。阿飛氏の美術的感性はそこに刺激されたのだ。さらに仏教について特別にこう言及した。


「その中でも仏教とかはそれが宇宙より大きいなんてぶっ飛びすぎ、なのに東南アジア仏教は聖と俗が近いんですよ」

仏教は科学的に解き明かされた宇宙観と似たところがあるそうだ。まだ亀の上に大きな象がいて、その上で人間が生活していると考えられていた時代に生まれた価値観と考えれば、そのスケールのでかさを思い知るだろう。それにも関わらず、東南アジアでは人々と仏教が限りなく近い関係にあるという。その一件矛盾とも思われる関係に阿飛氏は心を奪われたそうだ。そもそも阿飛氏はどの宗教を信仰しているのだろうか。


「実は無宗教です」

それもそのはずだ。もし阿飛氏が何かしらの宗教に属していたとしたら、彼は大胆に神に背くことになってしまう。また無宗教は日本人によく見られる特徴だが、阿飛氏に言わせれば「日本には最高の教え『道徳』があり他の教えや宗教をあまり必要としてないから」ではないかと。阿飛氏もその内の一人であり、目指しているのは優れた道徳家だという。しかし「今世では無理です。俗が大好きです!(笑)」と諦めムードだ。


「宗教の中でも密教、コアな部分はどこもかっこいいよね」

調べたところによると、密教 とは 「秘密仏教」の略称で、人の言葉や文字では容易に理解出来ない秘密の教えと言われ、宗教体験の神秘的な面を強調した教えのことだ。文字を読んだり理論を理解するのではなく、修行を積むことによる神秘体験を通じてこそ、悟りの境地に到達できると考えられている。その逆は顕教と言い、教えを文字に起こし、広く伝えられたものを指しているそうだ。 音楽で例えると、具体的な定義がない”グルーヴ”には密教の神秘体験と似た部分があるのではないだろうか。逆に音楽を楽譜に起こし演奏するのは顕教的である。

そして阿飛氏曰く「イスラム密教、神道密教、キリスト密教などの表面ではない部分はどこも面白いし、かっこいい」と。

では、梵字バーが仏教テイストにこだわっているのは何故なのか。


「まあ日本人だしね、馴染みがあるから。俺がいきなり、キリスト密教、メキシコのをやっちゃてもね。いや、実はやりたいけど、まあまだ早いんじゃないの。いずれはやりたいよ」

是非とも様々な宗教を”やっちゃって”欲しいと願う。


「これは僕が書いた本ですね」



そういって本棚から取り出してくれたのが「梵字和字表記字典」だ。インドでは発音は同じであれど書体がもう梵字ではないのでネイティブでも研究しないと読めないという。つまりこの本の執筆は梵字を現代のインド文字に起こし、それを日本語に訳すといった二工程を経なければならない。


「僕、文字フェチなんですよ」

そう言われれば店内の溢れ出しそうな程の文字量に合点がいく。中でも梵字はずば抜けてイカしているそうだ。それはどう考えても変態すれすれのフェティシズムなのだが、adidas公認のフェティシズムでもあったのだ。



これはadidasと梵字バーのコラボ企画で生まれた梵字曼荼羅スニーカー。梵字とスニカーの相性が抜群だったことに仰天する。ネットをくまなく探しても販売しているサイトは見当たらなかった幻の一品である。

そもそもバーの名前にも起用された”梵字”とはいったいなんなのか。正確には梵字は宗教と結びつかず、日本に仏教が伝わった当時のインド文字である。空海が中国の真言密教を伝承したように、密教宗派が梵字を多用した歴史があるものの梵字はただの文字であると阿飛氏は言う。しかし現在では日本の仏教でしか使われていない文字であるため梵字=日本仏教と考えてもいいだろう。


「神ひげ文字は僕のオリジナルです」

神髭文字は道教の護符から手がかりを得て、お札映えするように開発されたそうなので非常にダイナミックかつ厳粛さに包まれた仕上がりとなっていた。




「20年前まではよくインドに行ってました」

諸説あるがインドはシーシャ発祥の地として、前述の通り梵字発祥の地として梵字バーのルーツといえる土地の一つだ。今でもインドに行けば人生が変わると言われている程なのだがら20年前は一体どれほど混沌としているのか興味深い。ところが阿飛氏に言わせてみればそれは浅はかな考えだ。


「インド行って何か変わったってやつはどこ行っても変わるよ」

ほんの数年前インドに行くと人生が変わるといってインド旅行が小ブームとなったが、「一回じゃあわかんないよ」と一時期のブームを一刀両断した。また20年前のインドのカルチャーショックを語ってくださった。
「そこらへんにゾウとか牛とかいましたよ」
「クラックションがでかいやつの勝ち」
「でも牛にはクラックションを鳴らさない」と。


それ以外でも阿飛氏はこれまでに世界各国を旅してきたと言う。東、東南アジアを中心にその距離およそ地球2周分。そこで我々はもう一度行ってみたい国を尋ねた。


「今のタイは行きたくもないしね」

昔のタイはもっと尖っていたそうだ。梵字バーの元ネタとなったバーがあったり、おまかせのタトゥー寺院があったりとタイの黄金時代に比べ、「今はだんだん普通の国になってきている、タイは真面目な普通の国になっちゃってね」と惜しみつつ言った。


「アイスランド、でも(記事では)使えないよね」

アイスランドでの体験は運と度胸の二つを兼ね備えた羨ましい限りの体験だ。しかしもったいぶるようで申し訳ないが、記事に出来る物語ではないのでここでは割愛させてほしい。「質問には答えない、なぜかは教えないってことにしときます」と阿飛氏はこの話をさっそうと切り上げるようにタバコに火を点けた。

「アリガトゴジャイマーシュ」

外国人が言う発音が癖になったのか、最後に我々は阿飛氏に一言頂戴して梵字バーを後にした。



ライター:ワング
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