2018年3月6日

東京都台東区千束。ここにはかつて吉原遊郭と呼ばれる絢爛豪華な遊郭が存在していたのだが、皆さんはご存知だろうか。吉原遊郭は江戸時代に幕府から公認を受けて営業を開始し、戦後は「赤線」として売春防止法が施行される昭和33年まで男女の性愛の楽園として賑わった。国内の性産業施設としては最大の規模であり、最盛期では数千人の遊女が働き、夜な夜な大勢の客がきらびやかな彼女たちと肌を重ねていたという。




今、吉原をはじめとする遊郭・赤線文化が注目されている。映画「さくらん」のように、遊女は美しく強い女性のモチーフとしてよく表象されてきた。江戸時代に男女の営みを描いた春画は2014年の大英博物館での企画展を皮切りに日本でも展示され好評を博し、ファン層が一気に広がった。また、現代のセックスワーカーや女性の性的関心についての議論も近年盛んに行われている。その中で、人々は遊郭・赤線における文化から目を離せないでいる。

2018年2月某日、底冷えする寒さの中我々はそんな日本最大の遊郭・吉原遊郭の中心地である千束へと向かった。最寄り駅の東京メトロ日比谷線三ノ輪駅を出て、まず我々が目にした景色は想像とはかけ離れたものだった。チェーンのファストフード店や理髪店、住宅が静かに佇んでいる。街ゆく人々も「いかにも」な人は見当たらず、学生や散歩するご老人ばかり。性の都はいずこへ…。

しばらく歩くと、吉原遊郭の入口である吉原大門の姿が見えた。この中には果たして吉原遊廓の名残はあるのだろうか…一抹の不安を抱きつつ我々は吉原大門をくぐった。




吉原大門をくぐり抜けると、すぐにあちらこちらに風俗店を発見。「メンズ倶楽部」「Mr.ダンディ」「アール・ドゥ・シャレ」…性産業独特の不思議ネーミングと用心棒(ボーイ)たちの冷たい視線を浴びながら、街中を歩く。吉原遊廓に思い描いていたエキゾチックで日本的な文化の名残はあまり感じられない。ただ歓楽街特有の暗さと同居するハイテンションさ、ノスタルジーはかなり感じることができた。




長く長く続く「コンパニオン募集」の看板。もしかしたら、遊郭・赤線に続いて吉原の性産業も知らぬ間に危機に瀕しているのかもしれない。素人にも親切に指導してくれるらしいので、興味ある方は是非ご連絡を。




赤く長い看板から思わず目をそらし向かい側の路地に入るとたちまち静かな住宅街に逆戻りする。すると、ふと白いのれんが目に入った。情緒溢れる電光看板には「遊郭専門書店・カストリ書房」の文字が。思わずのれんをくぐった。




扉を開くと、木造の店内はいかにも古風で、時が止まっているかのように静謐な空気が立ち込めている。隣の本棚からはその静寂の中で囁くように「遊郭」「赤線」「吉原」「エロ」「女性街」「ピンク」といった文言が潜む。まるで日本のエロティシズムを凝縮したかのような店内だ。




入り口正面奥にある錆びれたタンクは、歓楽街で働く女性が性病対策として中に溜めた薬品を用い、ホースで局部を洗滌していたものだ。彼女たちは文字通り身体を張って働くだけでなく、性病感染への恐怖とも隣り合わせだったことが分かる。


入り口右側にあるフィギュアも非常に印象的だった。  



仕事帰りのサラリーマンが「ぬけられます」の門をぬけ、女将と猫に出迎えられる。その顔はどこか浮かない。



猫に室内に導かれ、豊艶な乳房を携えた黒髪の美女を前にしてもなお、人生の拠り所は家庭にあらずというような哀愁を漂わす。遊廓といえば遊女にフォーカスしがちだが、男性客の視点に立つ楽しみもある。




1909年に発売された国内初のコンドーム”ハート美人”。性病に加え、家庭の平和をたった数ミリの壁で守った。



遊びとしては黒ならば本気の休憩宿泊はグレーだと裏を返した青年は大勢居たはず…。




吉原遊廓に関する書籍が並ぶ。日本のみならず、海外の書籍も数多い。しかし日本特有の遊郭文化は海外の方にはどのように映るのだろうか。東方見聞録にその様子が描かれていればさぞかし魅力的だっただろう。はたまたマルコ・ポーロはどのようにホラを吹いてくれただろうか。

写真右上に映るのは、赤線建築に欠かせない豆タイル。赤線は建物自体がほとんど現存していないため、当時の姿を知るのに図柄ごと残った豆タイルはとても貴重だ。カストリ書房では、このように豆タイルを使用したフレームやタペストリーも扱っている。




豆タイルを背に暖簾をくぐった奥には資料室があり、使用料金を払って遊郭・赤線文化関連の書籍を閲覧することができる。資料は県・地方ごとや作家、雑誌、ジャンルによってきっちり分けられており、店主の遊郭・赤線文化に対する熱意が伺える。






カストリ書房の取り扱うエロスはハイカルチャーからアンダーグラウンド、悪趣味まで広範囲だ。様々な角度から書かれた書籍群の中から、自分の求めるエロスの根源を探ってみてほしい。




キャバレー「レディタウン」で使われていたという真っ赤なソファ。何千、何万もの人々をこの感触でリラックスさせてきたことが納得できる上品な座り心地。ところであなたの求めるエロスの根源は見つかっただろうか。コーヒーを頂きながら見つけた資料を閲覧したり読書に耽けたりするにはなんとも趣深いソファである。

店内に所狭しと並べられた膨大な書籍や雑貨の数々。これらを蒐集し、広く人々に開放しようと思ったのは何故なのか。また、遊郭・赤線文化のどういった部分にそこまで惹きつけられるのか。そもそも店主自身、遊郭とは程遠い堅実な風格で底抜けにミステリアスなのだ。謎が謎を呼び、堪らず我々は店主の渡辺豪氏にお話を伺うことにした。


カストリ書房店主 渡辺豪氏 インタビュー







「一瞬のきらめきみたいなものに僕は魅力を感じています。」

まずは、遊郭文化と赤線文化の魅力について伺った。吉原遊郭ができたのは約400年前。現在、吉原の遊郭自体はなくなってしまっているが、先に述べたとおり現在も歓楽街としてソープランドが軒を連ねている。このように全く同じではなくても何かしら形を変えつつ過去の姿と今の姿が繋がっていること、いわば土地に対してずっと記憶が残り続ける面白さを感じているという。
また、赤線は昭和21年から昭和33年までの12年まで存在していた政府黙認の性産業施設のことを指す。日本史の中で見るとほんのわずかな12年間という間に赤線が全国区的に広まって、豆タイルなどの建築デザインが一世を風靡したような一瞬のきらめきを孕む赤線文化に渡辺氏は魅了されているそうだ。


「ものすごく強い印象を受けて、虜になって、というのは実はないんです。」

前職のIT業に就かれていた頃から旅行が好きで、よく旅行に行っていたという渡辺氏。観光地巡りに飽きて一つ路地に入ったり脇道にそれたりした時に見つかるスナック街や、昔賑やかだったころの名残のようなものに興味を惹かれたのだとか。そして、よくよく調べて見るとそれらが実は昔の赤線だったといったことがわかったらしい。ただ、意外なことに遊郭・赤線の何かから強烈なインパクトを持った印象はないそうだ。土地に昔の記憶が残っているところが面白いなと思って調べていくと、調べた結果は先行研究が見逃してきた新発見だったりしたことからやりがいを少しずつ見出していったそうだ。 




「人間年取ると趣味を見つけづらくなると思うんです。新しいことに対する興味も薄れていくんじゃないかな」

渡辺氏が遊郭・赤線文化に興味を持ち始めたのは30代半ばごろ。20才過ぎのあたりからそれまで無趣味だったそう。特にその状態に気後れする訳でもなくむしろ都合が良かったというが、30半ばに遊郭・赤線文化という趣味が見つかった。年々新しいことに対する興味が薄れていく中で今後もこのような趣味を見つけるのは難しいだろうと思って、焦らずこの趣味を育てていこう、10年くらい経てば一つのジャンルの何かの担い手にはなれるんじゃないか、という考えをぼんやりと持っていたという。

また、それと同時に仕事の面ではマネタイズということをずっと考えていたそう。せっかくこれだけ自分が追いかけているジャンルがあって、自分がこれだけ面白いと思うということは他の人にも同じように響くはず。だから、このカルチャーをちゃんとマネタイズしようと思ったというのがカストリ出版を立ち上げるまでの経緯らしい。


「IT企業から出版業に、というと全く別の業種に転換しているというか異業種に飛び込んでいるように受け取られることが多いんですけど、私としてはそんなに垣根みたいなものはないんですよね。」

渡辺氏は以前IT企業にお勤めしていたのだが、その経験はカストリ出版/カストリ書房の経営と強く繋がっているそう。IT企業から出版業に、というと全く別の業種に転換に飛び込んでいるように受け取られがちだが、渡辺氏としてはそんなに垣根は感じないらしい。彼は会社員の頃、デジタルデータを一般の方に販売するという業務をしていたそう。その中で、もの・カルチャーをマネタイズすることをずっと考えていたのだ。まず、お客さんを集客・販売しお金をどう集めるかといったことは現在のカストリ書房にも繋がるため、売る物が本になったからといって異業種になったという考えにはならないということだ。
また、絶版書籍の復刻についても前職とつながりがあるそう。現在の日本の出版には再販制度が根強く残っている。この再販制度に疑問を持った渡辺氏は自ら販路を作ることにしたという。また、集客に関しては効率を重視しSNSを利用している。こうして、今までの経験を活かした経営をしているということだ。

カストリ出版やカストリ書房の名前に使われている「カストリ」という言葉。渡辺氏は、どんな思いからこの言葉を用いたのだろうか。


「カストリ雑誌はいわばエロ本なんですよ。そういうものが売れるのって、素直だなって思うんです。大衆の心としては。」

カストリ出版・カストリ書房の名前に使われている「カストリ」という言葉。これは戦後の数年間にのみ発行されていた「カストリ雑誌」からとった言葉だそう。戦後の民主化・自由といった言葉が声高に叫ばれた時代のほんの一時期にあって、大衆から人気を博したカストリ雑誌。その姿は、どこか赤線の儚さと通ずるところがあるのではないだろうか。

また渡辺氏自身、出版活動を通して遊郭・赤線文化をより深く知れば知るほど、作り手特有の独りよがりに陥ることを恐れているという。そしてあくまで自分は本を作る立場なので、市井の人々に通用する商品を作らなくてはいけないな、という思いを持っている。そこで大衆から支持を得たカストリ雑誌から名前を取るのがいいと思ったそうだ。

余談だが、奇遇にもカストリ雑誌と同時期にアメリカでは大衆雑誌「PLAY BOY」が華々しく創刊された。雑誌が巨大な影響力を持ち、民衆の性の解放を推し進めたことまでは日米で共通しているのだが、現代において両国民の性生活の差は際立っている。どちらが良いかという議論ではなく、一雑誌の存続が分岐点となり国民の性的価値観に大きな影響を及ぼしたのだ。  




「「勿体無い、残したい」なんていう言葉はややもすると無責任に響いてしまうな、と僕は思うんです。」

年月が経つと同時に消えつつある遊郭・赤線文化。その現状に対する思いを語っていただいた。遊郭・赤線文化を訪ねて全国を取材した渡辺氏だが、取材先で撮影した写真をSNSにアップロードすると「これをこのまま朽ちるに任せておくにはもったいないね」などと言われることがよくあるらしい。それに対し、渡辺氏には「現実的に考えて見たら、勿体無いという言葉では何も解決しないし、じゃあ何に使うの?」という思いが浮かぶ。確かに、赤線のような古い建物の建築技術のままだとやはり夏は暑く、冬は寒い。また、そこに住んでいるのはご高齢の方がほとんどだろう。そこに住む方に「ずっとそのままの建物で住んでいてください」などとは誰も言うことはできない。また、それらの建物が劣化するのを修理する費用を捻出するのもやはり居住者の方だ。それを踏まえると、ただ遊郭・赤線の建築を残したいという言葉はややもすると無責任に聞こえる、と渡辺氏は語る。この視点は、直接遊郭・赤線の名残を取材して回った渡辺氏だからこそ持てるものではないだろうか。ただ写真集や活字で眺めるだけでなく実際に建物を全国的に見てきたからこそ、それがなくなってしまうというのはとても悲しいことであると同時に現実的な解決方法はあまりない、ということも考えつくのだろう。その印に、渡辺氏は「もちろん残せるものだったら残していきたいという思いは、僕は誰よりも強いんじゃないかなと思うんですよね。」とも語っている。


「ただ、建物をそのまま残すことはあまりにもお金や倫理上難しいことではあるけど、情報として残すことは全く別物だろうと私は思うんです。そういったものをちゃんと情報で残しておくべきだと思っているんですよね。」

また、建築物そのものを残すことは難しくても情報として残すことは可能であり、必要だと渡辺氏は語る。例えば、昔の建物を保存してある施設にも江戸東京博物館といった施設にも遊郭・赤線の建物は展示されていない。つまり、民間も遊郭・赤線について手をつけてこなかったし、行政に近い側もそのような風俗文化を保存してきているわけではないということだ。こういった現状を鑑みると、これからも遊郭・赤線文化が民間・行政のどちらでも保存されていくことは難しいと思われる。過去の事例としては、2000年ごろにあるNPO団体が遊郭の建物を町おこしに使おうという企画があったそうだ。しかし女性の人権という観点から指摘などがあり、結局その企画は頓挫してしまったそうだ。やはり遊郭・赤線文化は性産業が根底にあるため倫理上の問題を孕むことや、そもそも経済的な課題もあることから難しいのではないかと渡辺氏は推測していた。だからこそ、できるだけ多くの遊郭・赤線文化の情報を残すため、行政の金に頼らないカストリ書房を作ったという側面もあるという。現状、時代や倫理観にそぐわないとされる遊郭・赤線文化。しかし、それに対し渡辺氏は着実に情報と活動の幅を広げていくようだ。


「情報が少なければ少ないほど偏ってしまうということを憂いているんです。」

現在、遊郭・赤線文化に注目が集まりつつあるのに従ってインターネット上でもこれらに関する記述が増えてきている。しかしよく見て見ると、遊郭・赤線文化を扱うサイトの中味は同じ切り口の内容ばかりで、取材先や写真も似通ったものになってしまっているのが現状だ。このように、画一的な情報ばかりが目につくと、いくら遊郭・赤線文化に関するページを読んでもこれらの文化に対する知見は偏ってしまう。今以上に遊郭・赤線文化を保存することが難しい未来においてはなおさらだろう。未来の人々が遊郭・赤線はどういったものなんだろうと振り返ろうと思った時に参照するものが少なければ、遊郭・赤線文化の本当の姿はなくなったことになってしまうし研究が進まないのではないかと渡辺氏は思うそうだ。現在、資料が少ない中で書き手に記述の多様性を求めるのは難しい。そのため、情報源をどんどん増やしていくことが必要なのだ。そう語る渡辺氏によって遊郭文化が再評価される為の土壌は丹念に肥やされているという訳だ。 



文化と法律は良くも悪くも密接に関わるものだとすれば、法律は遊郭・赤線にどのような影響を与えたのだろうかと疑問に感じた。


「法律は規制になるのは勿論なんですけど、許可を与えるという面もありますよね。戦前の遊郭や戦後の赤線なんかは法律があったから営業できたという事実があったんです。」

遊郭・赤線は売春防止法といった法律によって禁止され、それに伴って建築をはじめとした文化は上記の通り消滅の危機に瀕している。そこで、文化に対する法規制についてお話しを伺った。渡辺氏は法律の持つ二つの側面から、質問に答えてくださった。つまり、法律は人々に共通のルールであり行動を縛るものではある。ただ、それと同時に、ルールを守りさえすれば人々はその行動に対して権利を主張できるようになるということだ。そもそも吉原遊郭は江戸幕府によって設置され営業することが許された施設であるし、赤線も半ば公認を得て営業していたのである。だから、法律による抑圧や規制は遊郭・赤線文化には当てはまらないのではないだろうか。日本は明治33年に全国統一する形で公娼制度を完成させた。このように法律や制度があったからこそ遊郭や赤線が営業でき、また認可された業種だったので合法とされた。また、営業してお金が入ってきたことによって文化が発展したのだろうと渡辺氏は考える。渡辺氏自身の興味もそこにあるらしく、外国と比較したことはないがこうして風俗文化が仕組みと化していくところが面白さだと思っているそうだ。

法によって本来モラルに反するはずの風俗文化が花開いたという流れで、現代の性に対する法整備についての矛盾にも触れてみた。要するに、民法では女性の場合結婚は16歳から認められるが、淫行条例ではセックスは18歳以上からでなければならないという矛盾点だ。それを渡辺氏に言わせれば、


「矛盾はしていても、未成年という保護する対象への意識は、尊重するべきじゃないかと僕は思います。」

淫行条例と民法の定める結婚可能年齢のように、性にまつわる法には矛盾するものが多くある。渡辺氏は、矛盾は矛盾として見つめる必要があるが保護する対象を差し置いて矛盾に目を向けるべきではないと語る。


「今までだったらアングラ、イリーガルで近寄りがたかったコンテンツがサブカルチャーの中に入ることによって近寄りやすくなっていますよね。」 



冒頭で触れたように、現在遊郭・赤線文化はサブカルチャーとして若い女性にも受け入れられつつある。また、カストリ書房を訪れるのも若い女性が多いそう。このような現状について、今までだったらアングラ・イリーガルで近寄りがたかったコンテンツがサブカルチャーの中に入ることでライトに扱い、気軽に触れることができるようになったからではないかと推測する。そして遊郭・赤線文化も同様にサブカルチャーによって一般化され、若い女性にまで裾野が広がったと考えているそうだ。
カストリ書房を訪れる客層における性差が顕著だと渡辺氏が思うことは、女性のほうが性的なコンテンツに対して食いつきがいいという点だ。若い女性は来店してすぐに何冊か選んで買っていく方が多いのに対し、男性は2時間ほど滞在して、ベストなものをじっくり選んでいる傾向にあるという。また、女性は本を見ても、反応が感覚的で「面白い」という言葉がすぐ出てくるそう。男の人はどちらかというと「今となっては貴重な資料ですね」といった理性的な反応が多いようだ。ここに現れる性差の原因は一体なんだろうか。まず、男性の反応は今まで女性蔑視や差別に関して教育されてきた成果が現れていると言えるだろう。また、女性に関しては社会進出が進む中で今まで男性が担っていた性質や役割を受け持つなど性差がよりフラットになっていっているからではないかと渡辺氏は考える。彼自身もなぜ女性が多いのか探ろうと思い、女性客に「どんな本をお探しですか?」とよく尋ねてみる。すると、大体の人は「う~ん、なんとなく」と答え「こういった時代のこんな資料を探してます」といったはっきりした返答はまず返ってこないそう。なんとなく興味があって、自分自身何に対して興味があるのかわからないままとりあえず来ているのではと渡辺氏は推測する。また、「何が好きか」は簡単にわかっても「なぜそれが好きなのか」をうまく言語化して答えられる人はなかなかいない。女性なのにこういったコンテンツに対してなぜ興味があるの?という質問に関しては、「女性だけど興味がある」ではなく、「女性だから興味があるんです」という言葉が返って来るそうだ。若い女性がカストリ書房に足を運ぶ理由として、今まで遊郭・赤線文化に興味を持っても直接アクセスする先がなかったことも要因ではないかと語る。ネットで調べても、ある一定以上の情報は手に入らないし欲求は満たされない。そこで人々はカストリ書房に訪れるのではないだろうか。そこは男性を魅了した過去のカルチャーに女性が新風を送り込む空間ともいえ実験的である。
また、まだ割合としては少ないが海外からの観光客も増えているらしい。有名な観光施設が沢山ある中でわざわざカストリ書房を訪れるには、かなり強い動機があるはずだ。従って、彼らも遊郭・赤線を日本独自のカルチャーとして強く認識している部分はあると考えているそう。観光客が増えている現状に関しては、ブロガーのようなオピニオン・リーダーが日本文化の一部としてカストリ書房を紹介し、それを見た人々が来店しているという状況だという。


「狭い分野の狭いジャンルを扱っていても、一見さんを勉強不足だと切り捨ててはいけないと思うんです。」



カストリ書房を訪れるのは、必ずしも遊郭・赤線文化を熟知している人ばかりではない。活字に触れるのが難しい今、人気な書籍は図説や写真集のようにグラフィカルなものが多いそうだ。また、いきなり遊郭・赤線文化に関する書籍を選ぶのは初見では気後れしてしまう人もいるだろう。そんなあなたも心配することはない。カストリ書房では、遊郭・赤線をモチーフとした雑貨も取り扱っているのだ。





一番人気はこの「書き文字シール」だそう。これを見れば全国の赤線の謳い文句を知ることができる。手書きの書体の味とキャッチコピーの秀逸さ(ex. 全国温泉アナ場めぐり!! ・ 出稼ぎ女性と楽しめるノンビリ情事 ・ アノ最中、突然死にますetc.) は、さぞかし全国の殿方の劣情を刺激したのではないだろうか。

このように雑貨を扱っている理由として、赤線・遊郭文化は非常に狭いジャンルであるという点があげられる。ジャンルが狭いからこそ、その文化を好む人々には詳しい人の割合が大きくなる。しかし、だからといって新しく興味を持つ人をはねつけるのではなく、ライトな雑貨やサブカルチャー的な内容の書籍から興味の幅を広げる助けにするのが目的なのだろう。



また、遊郭・赤線文化初心者にオススメしたい書籍を教えてもらった。昭和4年に発刊されていたものをカストリ出版で再版した「全国遊郭案内」。遊郭をリアルタイムで記録した本なので、生々しい情報がこれでもかと言わんばかりに詰め込まれているそうだ。フューシャの表紙もステキ❤


「「アートのためのアート」って一体誰が満足するんだろう」

サブカルチャーの一部として世間に浸透しつつある遊郭・赤線文化。渡辺氏は遊郭・赤線のどのような点に文化的な良さを見つけたのだろうか。渡辺氏自身デザイナーの経歴を持っているので、審美的なものや美しさについて考えることがよくあったそうだ。その時よく思っていたのは「アートのためのアート」って一体誰が満足するんだろうということ。「アートのためのアート」と聞くと弱々しく感じられ、「自己実現のためのアート」と言われても「そんなのあなたが勝手にやってくださいよ」と思ってしまう自分がいたそう。渡辺氏は、例えばネジの形のように何かの役に立っていたり、何かの目的のためにあるものに美しさを感じるという。


「きっと人間の業を感じさせられるからじゃないのかな」

そのように完成された形の中でも、目的や動機が強いほど、そこから形作られる何かは美しく感じさせるものを多く孕んでいるのではないかと渡辺氏は語る。人間はものを作っている。そこで人間の本質的なものを善悪ごちゃ混ぜにして考えて、一番モチベーションが高まるのは何かと言ったらやはり性欲・金銭欲のように根源的なものだろう。おそらく有史以前から売春という行為はあって、日本は明治33年というタイミングで制度として完成させた。それと同時に、単なる男女間の金銭を交えた性行為以上のものが生まれたのだ。こういったことは、渡辺氏の心をワクワクさせてくれるそう。遊郭の建物を見たり、働く女性たちの写真を見てドキッとさせられるのは、きっとそういった根源的な人間の業を感じさせられるからだと渡辺氏は考えている。



遊郭・赤線文化がサブカルチャーの一部である一方、メインストリームでは性的コンテンツや女性の性的関心に対するタブー視は根強い。女性客が多く訪れるカストリ書房の店主として、渡辺氏にお考えを伺った。


「でも、間違いは間違いなんだよって教える必要はあると思います。」

今、SNSなどを通じてセックスワーカーを目にする機会はかなり増加したが、現行法においてはセックスワークがイリーガルなことは大前提だと語る。そういった職に就く人たちがいるのは確かだけども、それは違法ですよと子供達に伝えていくことは重要だと思うそう。
子供の頃に危ないものを好きになってしまうことはよくあることだ。ただ、間違いは間違いなんだよって教える必要ももちろんあるのだ。そう考えるのと同時に、渡辺氏はセックスワーカーが増えるのに従って、いつか揺り戻しが来て従事する人の働く権利を認め、保障しなくてはならなくなる時が来るんだと予感してもいるそうだ。


「性差がなくなっている部分と、強く残っていく部分が明確化されていくんじゃないかなって思います。」

渡辺氏は女性の性欲のタブー視はどんどん薄れ、この傾向は女性が男性に近い役割を担うほど強まるのではないかと考えている。これはカストリ書房を訪れたマッサージ業の男性のお話だが、今まで男性がしてきていたように女性客から性的なサービスを要求されることが結構あるんだとか。このように、性差が全くなくなることはなくとも性差がなくなっている部分と、強く残っていく部分が明確化されていくのではないだろうか。


「性を解放する傾向があっても、解放して幸せにはなれるんでしょうか。」

女性の性的関心はフェミニズムでも語られ、解放の象徴としても用いられる。また、サブカルチャーの源泉である60年代のカウンターカルチャーでもフリーセックスは抑圧・制度へのカウンターとして支持された。そんな性の「解放」としての側面について尋ねたとき、我々はこの問いをぶつけられた。「解放」の象徴であったとしても、自分の恋人から不特定多数とセックスをする権利を主張されたら?と。「解放」という言葉はいい響きだが、何かを得ることで他の何かを失いかねない。ぜひ、読者の皆さんにも一度お考え頂きたい。




「現代風俗は本にもネットにもたくさんなっているし、プレイヤーが沢山いるじゃないですか。別にそこに自分が足を突っ込む必要はないなって思っています。」

遊郭・赤線文化に関係した書籍を扱うカストリ書房だが、昭和33年の売春防止法以降の現代風俗は対象としていないのだろうか。答えは「対象としています」だった。昭和33年に売春はないものとされたが、「白線」と呼ばれるもののように形を変え法の目をかいくりながら今も残っているのだ。例えば、赤線で働いていた女性が温泉芸者という形で売春を行うなどして派生しているらしい。ただ、渡辺氏個人の感覚として興味の範囲としてはそこまでで、遊郭・赤線文化から離れた現代風俗には興味を惹かれないそうだ。それはなぜかと尋ねると、現代風俗に関する情報は豊富でプレイヤーが沢山いるからだという。そのため、別にそこに自分が参入する必要はないと思っているのだとか。反面、遊郭・赤線文化はプレイヤーが少ない。渡辺氏自身の考えとして、プレイヤーが少ないから興味を持っているそうだ。現代の風俗文化の特色というより、プレイヤーの数に差異を見出しているのだろう。



https://ima.goo.ne.jp/column/article/5016.htmlより引用

渡辺氏に限らず、以前の風俗文化に関心を持つ人は多い。彼らをときめかせているものとは、一体何だろうか。


「無駄にこそ、魅力がある」

今、注目されている風俗文化として、ラブホテルが挙げられる。写真集や雑誌の特集で見たことがある人も多いのではないだろうか。ラブホテルの人気の理由としてノスタルジックな内装が挙げられると思うのだが、遊郭・赤線も含めエロとノスタルジーの相関について尋ねた。
渡辺氏も二者に相関はあると思うそう。なぜ昔のラブホテルが好きな人が増えているのかというと、古いものを一定時間が経ってから見ると新しさを感じられるため、それを「かわいい」という言葉で表しているのではないかと考える。自身がお客さんと話していて感じるのは、勢いのあった時代に対する憧れじゃないのかということだとか。このように注目の集まるラブホテルが作られたのは高度経済成長期やバブルの時代。そのため、単に古いものに対する憧れではなく勢いのあった過去への憧れだと渡辺氏は見る。また、彼に言わせると景気のいい時にこそかっこいいものは生まれるのだとか。不景気な今作られているものは確かに洗練されているが、裏を返せば無駄がないということ。なぜ無駄がないかといえば、不景気だから無駄を生む余地がないからだ。この好景気で生まれる無駄にこそ、魅力があるらしい。

カストリ出版から始まり、カストリ書房では資料室やギャラリー・新規店舗など新しい試みを続けている。これからの渡辺氏の展望についてお話いただいた。

ギャラリーでは遊郭・赤線文化やセクシャルな作品を展示している。渡辺氏自身カストリ書房を開いて気づいたことだが、遊郭・赤線文化に興味があるだけではなく、創作活動に活かしている人も結構いるんだとか。ただ、そういった作品を発表するのはインターネット上にとどまっている人も多い。そのため、インターネット上に限らずフィジカルに作品を発表する場として「吉原」という立地が役立つのではないかと考えギャラリーを設置したそうだ。


「本屋を置くことによって、遊郭・赤線がカルチャーなんだっていうことが伝わったんだと思うんです。」

カストリ出版から始まり、自分の力で書店を立ち上げ営業してきた渡辺氏。これからビジネスが広範囲に展開していくのに伴って、遊郭・赤線文化を中心としたカストリ書房のコンテンツに関わる人が増えていってほしいと考えているそう。 また、渡辺氏一人が遊郭文化について声高に叫んでいたとしても、誰にも伝らなかったと語る。彼が本屋を作って一番よかったと思うのは、今までとしていることは変わらなくても取材やお客さんが舞い込んできたことなのだとか。本屋を置くことによって、遊郭・赤線がカルチャーだということが人々に伝わったのだ。そのため、本屋を増やすということは同時に遊郭・赤線文化を一般に浸透させることにつながるのではないかと渡辺氏は考えているそう。そして、今年1月にカストリ書房は京都へ出店を果たした。京都を選んだ理由としては、関西は東北や北海道に比べ遊郭・赤線の建物が残っているからだそう。近くにあるものには親近感を覚えるので、関西のお客様にも興味を持ってもらえるのではないかと思って出店したのだとか。大阪の飛田新地など、多店舗展開も考えているらしい。


「肩書きが「遊郭家」になりたい」





今は本作りが中心に位置しているが、それが本である必要は全くないと思っていると渡辺氏は語る。その一つの表れがギャラリーだそうだ。また、パティシエと協力して遊女の小指をモチーフにしたクッキーを制作したこともあるのだとか。

遊女の小指とは一体なんなのか。それは色恋だ。遊女の切り離された小指には”本命はあなたです”というメッセージが込められていたという。今考えればひどくオモたい女なのだが、実際の所、飴細工などで代用されたもので客の気を引いていたそうな。

話を戻し、これからの展望としては、例えば遊郭をモチーフにした飲食店などをやってみたいらしい。遊郭のような内装で、ウェイトレスは着崩した着物に身を包んでいて…開店した暁には絶対に訪問したい!

渡辺氏自身としては遊郭を本だけではなく、遊郭というものをテーマにしてマネタイズすることで同時に人々へ広めていきたいそうだ。そのため、幅広いビジネスに発展していきたいのだとか。そのため、遊郭・赤線文化そのものを生み出すだけでなく、それらをテーマにして広く手がけるという意味で肩書きを「遊郭家」にしたいそう。

どこかユニセックスで先進的な響きに羨みつつ、遊廓の色彩豊かな未来を見つめる渡辺氏に、一言頂いた。


「一緒に働きたい人、是非きてください!」

こちらも、興味ある方は是非ご連絡を。



ライター:ドラえもんズ
基本情報へ