2018年3月30日

「オタクカルチャーの要所」と聞いて多くの人がまず思い浮かべるのは、国内外問わず名の知れた「聖地」秋葉原であったり、乙女たちの夢と妄想が詰まった池袋であろう。しかし、一見オタクとは無縁の落ち着いた雰囲気漂う街「阿佐ヶ谷」も、多くのアニメーション制作会社やそのスタジオが局在する、隠れた激アツスポットなのである。

2014年には高円寺まで伸びる中央線高架下に「阿佐ヶ谷アニメストリート」という商店街が開業している。その目的は「アニメによる地域活性化」。このフレーズ、オタク文化に造詣の深い紳士淑女諸君の中には、聞くだけでうんざりしてしまう方も多いかもしれない。アニメ作品の舞台となった地域が、オタクたちの「聖地巡礼」という奇々怪々な行為にあやかって自治体が町おこしを図るという一連の流れは、2007年放送「らき☆すた」の舞台、鷲宮の大成功以来よく目にするようになった。そして、たいてい失敗した。自分の愛してやまないアニメキャラのパネルが、閑散とした街並みを背景として申し訳程度に設置されているのを目撃したときほど、その笑顔に心が痛むことはないだろう。

そしてこの阿佐ヶ谷アニメストリートもまた、その他大勢の例外ではなく「アニメファンの交流地」と豪語した割には話題性に欠け、出店店舗も入れ代わり立ち代わりなのが現状となってしまっている。しかしその不器用ともいうべき絶妙なアングラ感はまさに「オタク文化」の本質的な姿を象徴しているかのようであり、非常に趣深い。

とはいえ、オタク自体が外に出ないわけではない。欲望に忠実な彼らは、声優のイベント、同人即売会、アニソンフェスと、何か目的さえ設けられれば金も時間も意に介さず、どこへでも飛んでいく。それはアニメや漫画を中心としたオタク文化自体が隆興して、それを楽しむ人間の母数が増え、イベントの規模もお金のかかり方も大きくなってきたからこそ生まれた傾向だろう。

ただ、そのように肥大していくオタク世界のムーブメントの中で、ひっそりと、しかしアツく、あらゆる作品を語り、楽しみつくすオタクたちが特別な目的もなく足を運ぶ、隠れ家がある。それが今回ご紹介するオタクBar、「44sonic」だ。

「44sonic」は、阿佐ヶ谷駅北口から先ほど紹介したアニメストリートに背を向けながら歩いていると迷い込む、入り組んだ道と建ち並ぶ小さなお店がノスタルジーを抱かせる区画に店舗を構えている。いくら阿佐ヶ谷が隠れたオタクスポットといえど、周囲に漂う小洒落た雰囲気の中でいきなりこの立て看板を目にすると、異質さを感じるかもしれない。そして、昼間であるにもかかわらず階段下に広がる暗黒空間。「暗闇の長いトンネルを抜けると異世界だった」という一節で始まる、異世界転生モノのライトノベル顔負けの展開になっても何ら不思議ではないような入口である。




暗闇の先に無事たどり着くと、すぐにそのBarへの扉は見えてくる。ご覧になっていただきたい、この場において最も重要な情報である「44sonic」と書かれた表示に対し、その何十倍もの自己主張をしてくるポスターたちを。




『マジンガーZ』から『魔法少女リリカルなのは』、『モーレツ宇宙海賊』まで、とにかくなんでもありといった体制。これ程まで「雑多」という熟語を適切に表現した光景はなかなかお目にかかれない。恐るべきはこれでまだ外観、という事実だ。まさに店内から「愛」があふれ出てきているように感じる。

これほどまで多様な作品を網羅されていると、私のような小童オタクは知識量からしてすでにマウントをとられたかのような気分に陥ってしまうかもしれない。




だが、せっかくセイバーも「怖がらないで入店するとよいぞ!!」と言ってくれていることだし、(時期によっては違うキャラクターが君の背中を後押ししてくれるかもしれない)どこか興味を惹かれるその好奇心、オタク心に素直になって、その扉を開けてみてほしい。




店内に入ると夥しい数のフィギュアや玩具が出迎えてくれる。これらはすべて店主の私物らしい。かつて、世代の純粋な心を「燃やした」ロボットアニメのおもちゃも、特定層のある意味純粋な心を「萌やす」美少女キャラのフィギュアも、すべて一堂に会し密集したこの空間は、まさにオタクの「ドリーム」が凝縮されているかのようで、心の疼きを隠さずにいられない。




これだけのラインナップとなると、いやらしい話だが「一体どのくらいお金をかけているのだろうか」という疑問もわいてきてしまう。この写真手前にある3体のロボットが、数多くのコレクションの中でもお高めで現在プレミアがついているという、名作『ゲッターロボ』のフィギュア。「変形合体」の元祖といわれるこの作品だが、いまなお新作フィギュアが生まれており、ファンの熱はいまだ冷めていない。




こちらは店主が「世代だった」という『マジンガーZ』の特大フィギュア。この作品について店主は「熱血系ロボットアニメって思われがちだけど、実は理論系ロボットアニメの源流なんですよね。気迫じゃなくて、ちゃんと改造で強くなる」と楽しそうに語ってくれた。そんな少年のような笑顔を前にして、「この大きさだと、結構なお値段するんじゃないですか?」と尋ねるのは、いささか野暮というものである。





守備範囲はなにもアニメだけではない。CG制作の仕事も請け負っているという店主は、当然ながら特撮作品にも並々ならぬ愛情を注いでいる。ウルトラマンと仮面ライダーの共演というのも、なかなか見られないレアな光景だ。



キミも一端のオタクなら、やはりコレクションとしているDVDがどのようなラインナップかチェックしたくなるのは常というものだろう。なるほど、アニメ作品に知見がそれほどなくとも、なんとなくシブいセレクトをしていることはわかる。




さすがはアニメ・漫画の作り手が集う街、阿佐ヶ谷。お客さんの中には熱心なファンだけでなく、いわゆる制作サイドの方も多く訪れるそう。彼らとどういった話をするのか聞いてみたところ、「仕事の話とか、最近見て面白かったやつとか、他愛もない話ですよ」とのこと。しかし、店主が制作者としての側面を持っているからこそ、「他愛もない話」が可能となり、彼らが足を運ぶ理由にもなっているのだろう。




なんともレトロな雰囲気漂うこちらの筐体では、1983年にナムコから発表された「リブルラブル」がプレイ可能。観客のロボットたちに見つめられながらプレイするのは、なかなかできない体験だ。しかし操作につい夢中になって、大事なコレクションを傷つけてしまったなんてことはないように。




すっかり忘れてしまっているかもしれないが、ここはコレクション倉庫というわけではなく、あくまでBarである。大好きなアニメのグッズに囲まれながら美味しいお酒をいただけば、普段は引っ込み思案なキミも不思議と饒舌になってくることだろう。そして何より、ここではオタク特有の早口も決して嫌厭されることはないのだから、オタクにとって至上の幸福空間ともいえる。




こちらが「44sonic」店主のキムラケイサク氏。店内が暗いため、写真では若干亡霊のオーラをまとってしまっているが、実際にあってお話してみると、とても気前の良い、生気にあふれた人物という印象を受ける。ここまで軽く触れた以外にも、マルチな活動をしているキムラ氏。オタク世界を俯瞰する彼が、オタクカルチャーの今と未来について語ってくれた。


44sonic店主 キムラケイサク氏インタビュー




「東中野で当時行きつけだったショットバーを引きつぐ形で始めたんですよね」

44sonicは2011年、東中野にOPENした。キムラ氏はもともと池袋のコスプレバーの店長代理を務めており、そのころからの常連さんもいるという。東中野で4年、その後ビルの取り壊しが決まり阿佐ヶ谷に移転した。


「阿佐ヶ谷にしたのは、当時僕が住んでたってだけなんですけど(笑)」

とはいえ、阿佐ヶ谷はアニメの制作会社がいくつかあるということで、かねてから好きな街だったという。文化的にほどよく溶け込み、ほどよく異彩を放つ。これこそ阿佐ヶ谷という街を通してみる44sonicの魅力といえるだろう。

ちなみに、44sonicという点名の由来について尋ねると


「僕の好きな『疾風!アイアンリーガー』というアニメ作品がありまして、それの中の主人公、マグナムエースが必殺技として使っている魔球の名前ですね。まあ、アイアンリーガーってかなりマイナーなアニメだと思うんですが、ちゃんと見ると意外に面白いというか…」

と、かなりの勢いでもって教えてくれた。いわく、「熱量があって語るところの多い作品」とのこと。一部のファンからは熱狂的な支持を受けているので、マイナーアニメを求めるオタク諸兄にはぜひ見てもらいたい。

ちなみに44sonicについて公式サイトの解説には、「高速で放たれるため、その名の通り空気の壁を引き裂き球の周囲に衝撃波さえ発生させる球威の高い投球技」と記されている。高速であること以外具体的な記述がないため全く想像ができないが、ここから先は皆さんの目で直接確かめてみてほしい。

さて、このようなマイナーアニメから店名を引っ張ってきているのだから、相当なマイナー嗜好で、敷居が高い雰囲気なのかというと、案外そうでもないらしい。


「うちは結構オールジャンルなんで。ゲーム・映画・漫画・ドラマもいけますよ」
「ほかのお店では『知らない』って一蹴されてしまうような話も、ここではそれがない。僕含め周りの人もみんな食いついてくれる」

最近ではアニソン・オタク系のカフェやBarというのも珍しくはなくなってきたが、多くはコンセプトや嗜好を明確にし、その特定分野に興味のある顧客を呼び込むという形態をとっている。そうした商業トレンドの中、この受け皿の大きさは異色といっていいだろう。実際お客さんそれぞれによって得意ジャンルが違ったりするらしい。しかし驚くべきはキムラ氏のその対応力である。本人は「広く浅くは知っているので」と謙遜気味だったが、多様に尖った知識を有するオタクたちを受け入れられる博識ぶりは、たやすく身につくものではない。


「どっちかっていうと『社会人クラブ』、みたいな。『部室』ってよく言われます」

もちろんキムラ氏だけでなく、44sonicに集う人の多くが作品に対して強烈な好奇心や熱意を持っている。そこで形成されるのが強いつながりを持った「コミュニティ」である。年齢層は40代を中心としつつも、アニメへの熱い気持ちは年代の壁を飛び越え、近頃は若者も増えてきたとのこと。


「輪が広がっていくといいますか」

客同士が友達になってライブに一緒に行ったり、仕事で接点を持つようになったりすることもよくあることだとか。中には結婚までたどり着いた方々もいるらしい。


「仲良くしてもらえるのはうれしいし、同じ趣味っていいなって」

定期的にバーベキューや花見などを開催するなど、すっかり友達のように楽しくつるんでおり、それがバー営業をする上での面白みにもつながっているというキムラ氏。普段は社交的ではないと自称する人も、ここでは友達になってしまうという。オタクBarという響きのイメージからは想像できない、三次元の温かみを大切にする人情の空間がそこでは生まれていた。

また、キムラ氏は44sonicの営業だけでなく、イベントの開催やラジオのパーソナリティを務めるなど、マルチな活動を通してオタク界隈の最先端を走り続けているということを忘れてはならない。そんな彼が特に熱を入れているのが「アニソン」である。



キムラ氏のアニソンへの愛は、彼自身を著書の出版にまで至らしめる。タイトルは『アニソンバカ一代』。555曲ものアニソンを取り上げた超ボリューミーなこの一冊は、その突き抜けた愛情を表紙からしてヒシヒシと感じとることができる。ネットではアニソンの教科書と評する読者もいるようだ。

しかしなぜ、「アニソン」はキムラ氏の心をここまで動かすのだろうか

「アニソンって、単なる歌じゃないんですよ。」
「たった4分間の曲で、一年間見ていた作品のすべてが思い起こされるんですよね。それに自分のことも。あのおもちゃ握りしめながら見てたなぁ、とか」

どのような年代の人間であっても、幼いころ一度は味わうであろう「アニメに夢中になる」という体験。世の中のこととか学校の成績とか、そんなのどうでもよくて、ただただ純粋に、かっこよくて、憧れで、目を輝かせながら見ていたあの頃。そんな感動体験の追憶がアニソンには詰まっている。アニメがあり、それを夢中で見ていた自分がいるからこそのアニソン。


「僕、ラブソング聞いてもピンとこないけど、ロボットアニソン聞けばロボットに乗った気になりますからね(笑)」

どうやらキムラ氏は街に流れる素敵な歌謡曲に共感できるような華々しい人生を送ってきたわけではないようだが、アニソンは誰であろうと、作品を見てさえいれば「その気」にさせてくれる。


「でも、アニメ自体もそうだけど、アニソンはもうオタクだけのモノじゃないね」

アニメが大衆化していくにつれて、アニソンも一般に認知されるようになってきた。むしろ、CDが売れないといわれるこの時代にヒットチャートで存在感を放ち続け、有名音楽番組にいちアーティストとして出演するなど、音楽業界全体で見ても破竹の勢いを誇っている。それはある意味で、オタクたちのアングラ的嗜好の手を離れてしまったともいえるが、キムラ氏はそれをまったく悲観していない。


「純粋にクオリティの面でも進化してると思う。でもこれから。他ジャンルと融合して、また新しいスタートラインにきた、という感じ」

そもそも「アニソン」というジャンルの定義自体が奇妙なもので、曲調や使用する楽器で分類されるのではなく、「アニメに使われているからアニソン」なのだという。すなわち、アニソンとは音楽性でいえば「何者でもなく」「何者にもなりうる」。ロックやテクノはとうの昔に、最近ではジャズやプログレといった、従来のアニソンのイメージとは縁遠いジャンルですら融合を試みているとキムラ氏は語る。その期待に満ちた眼差しをみても、アニソンがますます進化していくことは間違いないだろう。

ちなみに、キムラ氏の熱いアニソンへの思いが詰まったラジオ「とびだせ!アニソンバカ一代」の最新情報はこちらからチェックできる。 URL:https://radio-neo.com/anibaka/

さて、キムラ氏のパーソナリティに迫るうえでは、アニメだけではなく、特撮についても触れなければならないだろう。特撮においては、先述の通りキムラ氏はCG制作などの「作り手」としての顔を持っている。


「特撮はもちろん好き。どんどん新しくなったり、回帰しながら進化してる。まあ昔から見てるけど、その中で今やっているものに面白いなって思ったりする」

「仮面ライダー」シリーズでいえば、設定は各作品によってバラバラでも、過去作品の積み上げがあるからこそ「仮面ライダー」足りえる。その一方で、最近では子供向けヒーローという枠をこえて、大人でも楽しめるようなストーリー構成が意識され、日曜朝には大きなお友達がSNSに集うのもすっかりおなじみとなった。


「今まで特撮ではできないとされていた表現が、CG技術とかが向上したことで、昔ほど大変じゃなくなったんで」

キムラ氏自身はCGをカット単位で制作する際、いかに実写とCGを自然に融和させるかを意識するという。技術の向上により、壮大な作品も特撮でつくれるようになった、という事実は受け手の我々にとっても楽しみな話だ。



さて、アニソンにおいても特撮においても、キムラ氏は「進化」という表現を用いていた。オタクカルチャーは大量生産大量消費社会の象徴として常にめまぐるしく展開しているが、その転換期やトレンドを先取りすることはなかなかに難しい。しかし、キムラ氏は胸を張ってこう述べる。


「一般で流行る前のモノがここで流行ったりしますね。普通のオタクこんな作品見ないだろwって作品がここで話題になったり」

やはり熱量を持っているオタクたちはどこか鼻が利くのだろうか。これだけコンテンツが飽和した状況でも、面白いものを見つけてくる気概と鋭さは、冗談などではなく尊敬できる。

そんなオタクカルチャーの最先端を語り合っているキムラ氏に、今最もアツいオタク系コンテンツをご教授いただいた。


「今ハマってるのは、宝塚の舞台かな」

宝塚。


「本当に面白くて、みんな知ってはいるけど見たことないって人多いと思うんで。是非見てほしい。」

唐突に予想外の答えが返ってきたため驚いたが、実はオタクに特におすすめらしい。


「男性は縁遠く感じるかもしれないけど、アニメとか漫画原作が多いからオタクは入りやすい。かっこいいから本当に見てほしい」

とのこと。意外かもしれないが、アニメ文化と宝塚の関係は何もここ数年で始まったわけではない。例えば大人気漫画「るろうに剣心」のアニメ版において緋村剣心のCVを担当したのは、元宝塚歌劇団月組トップスター、涼風真世さんである。そして「るろ剣」自体も2016年に宝塚で舞台化している。昨今盛り上がってきている「2.5次元ミュージカル」に、宝塚というブランド要素が加われば、面白さは確約されているようなものだ。興味のある方は是非とも足を運んでみてはいかがだろうか。

せっかくなので、特にアニメ界隈で面白い話はあるか、という質問も投げかけてみた。 すると


「あー、間違いなくNetflixというメディアはアニメ界をどんどん変えていってますね。」

いきなり興味深いワードが出てきた。Netflix…今、アニメワールドを追いかける自称オタクたちの中で、このストリーミングサービスをフル活用している人間がどれほどいるだろうか。


「これからはNetflix入ってないとオタクじゃないって言われるくらいになりますよ」

Netflixがオリジナル作品を配信する動きはあったが、2018年1月に配信された『DEVILMAN cry baby』が話題になって以降、同年3月の現在においては、アニメ界隈のユーザーにも少しずつ注目を集めているというのが実情だが、ここまで大きな転換期にあるとは、与えられたものを享受するだけの消費者の視点ではなかなか見えてこない。




「海外から来るお客さんすごい多いですけど、大体の人はNetflixでアニメとドラマ見てますよ。日本だけが遅れてる状況。」

日本のアニメ文化はたしかに発展しているが、豊富すぎるゆえに、帰ってガラパゴス的思考に陥ってしまっているのだ。今、キムラ氏は新作のチェックも含め、断然Netflixでアニメを見ているという。

Netflixの何が革新的なのか、より深く質問してみると、衝撃的な事実が見えてきた。


「ビックマウスっていうアメリカの性教育アニメがあって、ヒロインの女の子のアソコが、鏡を覗いてこんにちはって」

字面だけみたら何が何だかよくわからないが、詳しく聞くと、その作品では女性器が直接的に作画され、目と口がついて擬人化されている、というのだ。日本のアニメの常識では考えられないが、見る側がお金を払い、選択して視聴するというNetflixの体制上セーフなのだという。


「表現の枷がなくなって、お金自体もNetflixが出してくれますからね。これからのオタクカルチャーは、Netflixがディズニーになりますよ」

Netflixの映像作品配給会社としての成長はめざましく、全世界のクリエーターに次々に出資して次々に作品を生み出している。


「例えばブラジルの、日本じゃ全く無名のクリエイターがSFドラマをNetflix資本で作れば、これは日本でも翻訳されたものを見れるわけですよ。知らない国のトップクリエイターの作品が見れる」

すなわち、「映像作品のボーダレス化」。現在の日本におけるTVや映画館を中心とした作品との出会い方では、海外で話題になっている作品でも国内放映されないケースも多々ある。数年後にDVDで入手できればまだラッキーといった調子だ。しかし、Netflixならば日本語字幕つきで誰でもみることができる。


「海外の人はみんなNetflixでみてますから。今の日本でいうところの『先週の月9見た?』みたいな話が海外勢とも出来ちゃう」

お店には海外の人々、中にはエジプトやアフガニスタンからやってくる人もいるとか。そしてそのすべてにおいて、Netflixの話は通じるという。日本という国はアニメのトップ国にみえて、利用するメディアにおいてはやはり遅れているといわざるをえないだろう。


「今問題になってる違法サイトの問題とか、Netflixが主流になれば解決できる問題な気もしてて」

アニメ作品の違法視聴は、何年も前から問題視されてはいるが、Netflixで良質な作品が生まれることで、「とりあえずNetflixに登録して、まだ見ぬ質の高い作品を探そう」という受け手の態度の変化が発生する。この時、違法サイトでいくら転載されていようと、検索UIの不便さは明らかであり、違法サイトの需要自体がなくなっていく。


「日本って文化的に狭いので、Netflixが広まるまで時間はかかっているけど、広めるきっかけはオタクだと思いますよ。オタクはそういうところ貪欲というか、面白いものはどんどんみていくし、逆にそうじゃなければオタクじゃないよね(笑)」

なるほど、Netflixという新しいメディアが映像作品にあたえる影響というものは理解できた。しかし、ここでまた一つ大きな疑問が生まれる。思わずつっかかってしまった。


「オタクって、一体なんなのでしょうか?」

70年代に生まれたこの言葉、「オタク」の再定義。この上なく抽象的な問いになってしまったが、キムラ氏は迷いなく答える。


「アニメにしろ、映画にしろ、一本の作品で完結しないのがオタクかな」

なにかの作品に触れた時、それが「面白かった」で完結せず、監督、役者、技法などの観点から繋がりのある派生作品に興味をもち、それがどんなに珍しい作品だとしても、なんとしてでも手に入れようとする、そうした態度がオタクと呼べる人間だという。

「感動したものに対して、原因を探求して、広がりを求める人だよね。そこには最初に得た感動よりもっと大きなものがあるかもしれないっていう」

作品に対する、飽くなき探究心。目で見たもの、耳で聞いたもの、身体で感じたものの興奮や快感に陶酔し、尊大な愛を抱きながらまだ見ぬ作品との出会いに突き進む。ある意味で、欲求に対して病的なほどに素直な存在である。

だが、現代の「オタク」と呼ばれる人々は、その真の意味でのオタクになれているのだろうか。




「探らなくなったのは、それはもう、オタクではないですね」

アニメが大衆化し、ネットコンテンツが充実したことで、女子中学生が深夜アニメをニコニコ動画で見ていてもなにひとつおかしくない時代になった。結果として、「アニメが好きな人」と呼べる存在はたしかに増大したといえる。しかし、カルチャーとして拡大していけば、自然な流れとしてユーザーの楽しみ方には多様性が生まれてくる。

例としてあげれば、アニメ好きを自称しつつも精神性からはオタクにはなりきれない層、俗に「ファッショオタク」と呼ばれる若者も増えている。その存在価値を頭ごなしに否定するのはナンセンスだが、やはり彼らは「オタク」とは言い難いのではないだろうか。


「アニメというジャンルが成長しただけで、オタクって成長してないんですよ」

ここにおける成長とは、量的な意味だけでなく、質的な意味でもあるのだろうか。 クラスの中で2人くらいいる、ちょっと浮いてるあの感じ。その割合は以前からあまり変わってはいない。


「オタクの『俺だけは好き』って気持ち、世間的にはカウンターカルチャーなわけで」

オタクが派生作品を好きになった時、最初に見た作品よりも認知度が低い場合が多い。他人が認めてくれなくても「俺だけは」という、反骨精神に近い衝動がオタクには流れているのだ。その一層面白いものを見つけたいという欲求に対して、他人の目というのは気に留めるべきでない要素に過ぎない。理解してくれる人など、ほんの数人で構わないのだ。

しかし現代の若者(もちろん「アニメ好き」な人物たちもふくめた)のベースとなるコミュニケーションの形は、SNSを利用した「共感型」ネットワークである。一人で深いところまで調べようとするのではなく、浅瀬で拾ったものを大勢でシェアしていただく、そんな味わい方。これは、明らかに前述した「オタク」の探求心とは真逆を行く姿勢だ。

しかし、キムラ氏は決してそのような若者の在り方を否定しない。


「SNSの使い方は人それぞれだしね。若者としてはTwitterが使いやすいんでしょ?個人的には直接語り合うのが好きだけど、ネットでコミュニティ作るのも悪いことではない」

最後に、何か若者にぼやきたいことはあるか、という問いに対しても


「うーん、ないです(笑)」

と返されてしまった。しかし、こちらとしても何か若者たちにお土産となる言葉がほしいとねだると、小言というより、純粋なメッセージをいただいた。


「アニメって一人でできる趣味だけど、出来るだけ輪を広げたほうがもっと面白くなると思う。つまんないの見た時だって、ひどいひどいって笑いあえると、精神も浄化されるだろうし。だからまあ、家に閉じこもってるだけじゃなくて、近くにあるウチみたいなお店に足を運んでみるべき、絶対面白いから」

人の「温かさ」とオタクの「熱さ」がつめこまれたBar、44sonic。その場を後にし、阿佐ヶ谷の街へと再び歩を進める私の心の中では、「きっとまた、私はあの店へ足を運ぶのだろう」という不思議な予感が生まれていたのだった。



ライター:後閑
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